空調エンジニア、そのとき(6)

空気調和

 建設業界の構図はこの5年で様変わりした。政界官界を巻き込んだ建設汚職への反省と建設自由化の圧力を受け、これまでの利欲を絡めた日本的受注活動が忌避されるようになり、官民を問わず、受注機会、受注競争のオープン化が進んだ。また、規制緩和により、地元中小企業を優遇する規制等が廃止されていったため、大小の企業が直接競争する事例も多くなり、競争は激化した。企業の実力の差がそのまま受注競争に表れるようになり、格差が拡大していった。従来の営業方法が通用しなくなったため、技術開発を怠り日本的受注活動だけに頼ってきた中堅から中小の会社が、真っ先に影響を受け大手ゼネコンの下請け化していった。皮肉にも大手ゼネコンが引き起こした不祥事により、実力ある大手ゼネコンのシェアを高める結果となったのである。この実力による競争の激化は、設備業界でも同様におこり、企業間格差がさらに広がった。
 バブル時に起きた20年周期といわれる建設市場の活況は、やはり、それで終えんし、再び「建設冬の時代」という構造不況に戻った。ゼネコンは、以前と同様、受注の多重構造を利用して、下請けの利益を圧縮する形で利益を得ようとしてきた。さらに、生産性向上のためのコンピュータ管理技術が成果を上げはじめ、建設にかかる材料、工数を正確に把握されるようになり、また、これまでのデータ集積効果から、CD案、VE案といった利益生み出し策がゼネコン主導で実施されるようになったため、サブコンの利益生み出し策は、直接工事と現場管理における作業効率の向上しか残されていなかった。
 分業化や情報幹線による人員流動化システムは、このような環境の中で、各人が特化し、他に誇り得る専門技術力をつけ、合理化によってコスト競争に勝ち得る力を持つため、採られた処置であった。
 社員に優しく、しかも合理的能率的で、結果的に様々なところのコストを低下させるシステム、そういう業務遂行システムを求めたのである。
受注環境の変化に対応するために行われたこの大規模な組織変更は、バブル後の平成不況末期の急降下的建設不況に対処した緊急処置的組織変更をベースにしている。
 この時採られた緊急処置は、入ずるを増やし出ずるを抑えることを基本とするものであって、受注機会を増やすために営業体制を強化し、施工ではコストダウンにより利益を生みだし、間接部門で経費を抑えるというオーソドックスなものであった。
 はじめに社長が行動を開始した。意志は行動で示されねばならない。そして、リーダーが行う行動とは、自分の意志の浸透を図ることである。営業等、対外的業務のほとんどは副社長に任せ、社内重視姿勢をとった。本社・本店ではあらゆる会合の頭でスピーチを行い、支店へは月一回のペースで出向き、集められた社員の前で非常事態宣言と全員の奮起を幾度となく訴えた。同時に、明るい未来ビジョンについても語り、このビジョンの実現への強い意志も示して、この非常処置が一時的なものであることを強調した。このことにより、意志は社員に明確に伝達され、各人はなすべきことを行動に移していった。社長はスポークスマンに徹し、これが成功したのである。この活動は継続され、1年間続けられた。
 営業活動はまず情報である。営業本部では、緊急的な営業情報システムの確立に努めた。技術本部に協力を求め、技術本部で構築中であった情報ネットワークに、営業情報及び人材情報システムの併設を依頼した。運用ソフトは、緊急対策として、不十分だが即戦力になる市販の一般的パッケージソフトに求めた。そして、全社員に、これまでビジネスおよびプライベートでつきあいのあった人物、機関の情報提供を求め、これを人材情報として登録、また、企業情報には、主な対象会社の系列、役員の出身元、取引銀行、主要株主、主要取引先等の情報を登録し、営業の攻め先と攻め道具を明確に把握できるようにした。
 物件情報収得のために、業界新聞等を閲覧、計画中の建設物件を抽出、ネットワークに登録する公開情報収集の専門チームを作り、足で稼ぎ出した特定営業情報物件と合わせて、全店に社内公開し、活動状況を報知すると共に、新たな情報を求めた。さらに、営業活動強化推進の施策として物件獲得報奨制度を決定していた管理本部では、各物件の営業活動者と各種営業活動内容のシステムへの登録と記録を義務づけ、物件獲得時の報償度の評価の主材料とした。報償の対象者は営業部員を含む全社員、報償金はボーナス財源の15%を充てたため、全員が努力して取り組み、急速に定着した。結果的には、他の営業強化策の影響と相まって、活動が活性化し、世の建設不況にかかわらず何とか前年度額を維持することができた。
 物件処理側でも、これと同じような物件処理報償制度が設けられ、やはりボーナス財源の15%が充てられた。対象はチームワーク強化を図る意味からも課単位とし、物件処理量と利益生み出し率による評価基準で実施された。
 この報償制度は、その後、高い比率で給与評価制度に組み込まれたため、横並び年功序列賃金制から実力主義へ大きく変化した。その結果、業界、企業が依然として構造不況下にあって全体としては給与水準も低い中にあっても、力ある社員は高給を確保できるため、依然、志気は低下していない。
 営業本部では、この緊急時においては、受注基準として個々の物件の利益の相殺を認め、全期、全物件ベースで利益率0を目標とし、受注物件量の確保に努め、利益生み出しは物件処理側の努力に委ねるという方針を打ち出した。
 物件処理側として技術本部では、工事原価の低減策を指導するとともに、「次年度は必ず受注環境は向上し、営業サイドで利益生み出しを行う」という確約を営業本部から取り付け、合法範囲内で、本年度完成工事と翌年繰越工事の協力会社への抱合わせ発注を指導し、今期分の利益生み出しを図った。
 本店では、営業強化策として、営業部と設計部が課単位でチームを組んで臨む方法を採った。営業部員がこれまで担当していた特定顧客を、チームを組んだ設計部員による代理営業に委ね、要所をサポートするシステムとし、営業部員は新顧客の獲得に臨んだ。しかし、受注環境の悪化は否めず悪戦苦闘したが、新しく構築された営業情報ネットワークの運用と、チーム化でより関係が濃密になった設計部員からの技術サポートにより、成果は徐々に上がっていった。
 出ずるを抑える役割を担う側の施工部門では、仕入資材の査定強化、工費・経費の削減を柱に、緊急に行うことが可能な方策を探した。資材の仕入額を削減する方策として、全店展開の買付けチームを作り、全店規模の一括買付けと裏の流通ルート活用をあげ、可能な限り実施した。しかし、買付資材と現場への供給時期にずれが生じるために倉庫と管理者が必要となったり、運送費等、単一では効果は上がらなかった。工費の削減では、協力業者の作業能率を上げる方法を提示、環境を提供する方法を採った。ダクト、配管ともさらに現場作業を減少させる方法をとった。ダクトは、比較的荒いピッチでの標準寸法と長さを標準仕様化し、これらをモジュールとする組み合わせで個別対応を図ることにした。製作加工は物件に関係なく製作させた。この製作は比較的大きな保管スペースを持つ協力会社に求めたが、不足分は当社側で倉庫を用意した。現場への吊り込み作業は、別の協力会社に依頼し、かつ、依頼を現場単位ではなく複数物件対象の地域単位とし、スケジュール管理を徹底させ、作業効率を上げることで作業コスト低減に努めた。配管は、大口径溶接配管にはモジュール仮組み工法が採用された。これは、現場合わせ部を除く部分につき極力工場で製作し、現場では、溶接工以外の作業員により、仮組みと現場調整加工を行い、その後、溶接工が独自のスケジュールで溶接を行うもので、仮組みにおける低級作業員化と溶接作業の効率化が期待できる工法である。この仮組みに使用する溶接先付けに変わる器具は、外力に対して一時的に溶接と同じ強度を持つ仮接続器具で、急きょ新たに開発されたものである。
 地域単位の契約は、搬入据付や保温、塗装、自動制御工事等でも採用し、同様の効果があった。
 協力会社を地域単位制としたためそれを管理する当社側の体制も地域単位制とした。既に進行している現場担当はその地域を担当する課へ編成替えさせた。各現場の担当は極力特定させず、あたかも距離の離れた複数棟の大きな現場を1課で担当するようなものであった。
 複数現場地域単位制は経費の削減にも効果があった。管理側も1現場単位ではどうしても生まれていた余裕=無駄時間が複数現場を担当することで霧消したためである。
 施工図作成の集中化も図られた。教育的配慮も含めて主力は1~2年生で、スケジュール管理や現場との調整指示、技術指導は、工事管理部が担当した。工事管理部では、工事部の事務部隊を吸収して、複数物件を担当するため場所が定まらない工事部員の連絡中継点としての役割と、事務作業の可能な部分の処理代行を行った。

タイトルとURLをコピーしました