空調エンジニア、そのとき(3)

空気調和

 資材センター加工作業所の4番ラインの担当は製作課ダクト係の大野君で、英和産業株式会社が入っている。埼玉自然史博物館のエントランス部のダクトが、このラインの今日一番目の作業物件である。本物件では既に60%のダクト吊込みを終えているが、英和産業の製品は始めて使うことになるので、少し注意して見る。この物件は施工図が比較的吟味されて作成されているので、CAD/CAMによる製作法をとっている。すでに製作が開始されていたが、技量的な問題は無さそうである。スケジュール通り今日午前中にも完了しそうであった。
 研修開始の時刻が近づいたので施工技術センターに戻ったところで、電話のコールがあった。営業部の大塚氏と連絡が取れる。今日、時間がとれる旨を告げると、先方に連絡し打ち合わせを準備するとのこと、連絡の結果はメイルボックスにメッセージを入れるので研修後確認することで電話を切った。
 今日のテーマは排煙設備である。排煙設備は、基本的考えが2年前から加圧排煙の考え方に変化したのに伴い、設備も大きく変わってしまった。建築設備の分野でも、過去の知識・経験が通用する期間はどんどん短くなり、技術者は常に最新の技術を仕入れておく必要がある。会社が行っているこの教育重視施策は社員にとってありがたいシステムである。
研修は11時に終わった。この次の私の研修は2週間後で、内容はマネジメント教育となっている。一階のロビーでコーヒーを飲みながら、パソコンに電話をセットし回線を開き社内ネットワークシステムに接続、自分のメイルボックスを見てパワーランチの予定を確認する。時刻は12時30分、場所は有楽町の東京ホテル3階の中華料理店「金華」。急がないとあまり余裕がない。
 「金華」へは12時20分に入れた。すでに営業部の大塚氏は技術課の平川氏とテーブルに座っていた。
 
 営業部門の体制も、施工部門の組織が変わった同時期に変更されている。物件を発掘してから受注まで営業部が全ての作業を行い、対象物件の獲得か棄却の判断まで、経費等を考慮した部内事情で決定できる。このやりかたは物件担当者に大きく委ねることになり、やはり自己責任主義を根底に据えたものとなっている。
 組織変更は、もとの設計部と積算部を吸収し2営業部制として、各部に、営業開発課、営業課、技術課、積算課を持たせた。積算部員は積算課へ、設計部員は営業課と技術課に2分され、元の営業部員の多くは営業開発課所属となった。既に固定的な顧客には、顧客の技術的要望に直接応える方が評価が高いので、設計部出身の技術系社員を擁する営業課が担当し、技術的提案、設計実務まで物件担当者がこなす。未開拓の新顧客へは、受注競争の豊富な経験を持つ営業開発課があたる。技術課は、技術的提案、設計実務を主とした作業担当で、営業開発課の技術サポートに努め、二人三脚で一物件に臨むことになっている。

 私が着席してまもなく加藤氏が入ってきた。再会を喜び合った後、加藤氏にとって新顔になる平川氏を紹介して食事に入る。食事中の加藤氏との会話はおもに私が進め、ときどき大塚氏が入り、須崎建設時代の話から営業対象の研修センターのニュースまで話題を持っていった。デザート、お茶になって、今日の主題である当社の売り込みに入った。こうなると私は御用済みで、静かに聞き入っていれば良い。大塚氏が当社が請け負った場合のメリットを説明し始めた。中央メディア開発(株)の研修センターの建設予定地である八王子市では、当社はこの3年で5件の物件をこなしており、市の振興基金にも参画してきたことから、市の諸事情にも通じ申請から建設、竣工、運営まで大過なく容易であると予想されること。よって、当社は空調工事の請負を希望するが、特に地域的接触が必要な衛生工事についての関係当局との折衝に協力してもよいという提案。また、これはバーター取引になるがと前置きし、当社の技術本部では社内情報ネットワークの最新のマルチメディアの導入を検討し、3年間の総費用にして5億円を予算化している。これを今回の受注誘導材料にする承認を得ている旨を述べた。次に、平川氏が当社の技術力の優位性を訴える技術提案を行った。八王子に立地される研修センターの性格にあった自然共生の空調システムの提案、その省エネルギ性、快適性とコストの関係等、複数のシステムを提起しての比較、当社の評価をつけ加え、計画が具体化すればさらなる的確な助言を示すことを約束し、当社が請け負った場合の技術的メリットを述べた。
 
 人とのコネ、裏リベート、会社の系列、人と人との信頼関係での受注、というこれまでの営業スタイルは、一連の建設談合汚職が表面化した平成5年から徐々に忌避されるようになり、この傾向は民間物件にまで及び、今では、会社に対する客観的評価、その会社に委託する直接的メリット(システム提案・比較能力、特許工法等)、積算コスト、ギブアンドテイク(バーター)などが営業の主材料となってきた。特に、バーター契約は駆使されるようになり、社内各部門での年度計画、予算は確度を要求され、企画本部に情報を一括収集し、バーター材料として発注指導の権限を与えている。

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